令和8年8月号は「悲しみがひらく心の目」と題し、お盆の時期に寄せて、人生の意味や心の在り方について綴っております。

立秋を過ぎてもなお厳しい暑さが続いていますが、ふとした風に季節の移ろいを感じる頃となりました。このたびの令和八年熊本地震や千葉豪雨により、亡くなられた方々のご冥福をお祈りし、被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。一日も早い復旧・復興をお祈りいたします。

昨年十二月、仏教版画を通して祈りの日々を歩まれた紀州の久保英司さんが逝去されました。道徳教育や社会教育にも尽力される一方、曹洞宗の僧侶・酒井大岳先生や、書家・詩人の相田みつをさんとも親しく交わり、酒井先生の著書にはその版画が数多く用いられました。

その祈りの背景には、深い悲しみの出来事がありました。学びを深め始めた若い頃、小学校一年生だった娘さんを交通事故で亡くされたのです。

事故を起こした運転手さんが、救急車が来るまで「誰かこの子を助けてください」と娘さんを抱きしめ、泣き続けていたことを知った久保さんご夫妻は、警察署まで駆けて会いに行きました。「取り返しのつかないことをしてしまいました。どうか許してください」と涙を流す運転手さんの前で、久保さんは相手を責めるどころか、運転手さんやそのご家族の苦しみをも思いやり、自分から土下座して「申し訳ない」と詫びられ「どうかこれから、自分が正しいと思う道を一生懸命歩いていってください」と伝えられたそうです。深い悲しみを祈りに変え、やがてすべてを「おかげさま」と受け止める歩みへと変わっていきました。

そして三十年目の命日。墓前に深々と手を合わせていたのは、あの運転手さんでした。三十年間、毎年欠かさず墓参りを続けていたのです。「あの時、いただいた言葉が身に染みて有り難かった。亡くなった娘さんの分まで、世の中にお返ししていかなければと思って生きてきました」そう涙ながらに語る姿に、久保さんご夫妻も静かに涙を流されました。三十年にわたる祈りの歳月が、思いもよらぬ尊い再会へと導いたのでした。

社会教育団体・修養団の創立者である蓮沼門三先生は、著書『道のひかり』の中で「はりむしろつるぎやまも、みなこれまこと歓喜よろこびみちびたもかみ摂理せつりにあらざるはなし。一切いっさい事情じじょう一切いっさい境遇きょうぐうとおして、永遠えいえんかわらざる恩恵めぐみ本源もとらしめたまわんとするなり」と記しています。

また禅の大家・鈴木大拙は「苦しめば苦しむほど、あなたの人格は深くなり、そして、人格の深まりとともに、あなたはより深く人生の秘密を読みとるようになる」と述べています。

人生には、誰もが大きな悲しみや苦しみに出会います。しかし、その痛みを通して信仰に目覚め、生かされている喜びを知り、与えられた命を人のため、世のために生かす使命に気づいていくのではないかと思います。

久保さんは、般若心経を唱えながら娘さんの冥福を祈り、観音様の版画を彫り続けられました。その深い祈りから生まれた版画には、悩み苦しむ人の心をそっと包む、何とも言えない優しさがありました。

初盆となった久保さんも今頃、一足先に逝かれた奥様の志津子さん、そして娘の紀佐子ちゃんと彼方の世界で再会していらっしゃることでしょう。大きな瞳の奥に深い慈しみをたたえ、大らかで温かかったお姿を偲びながら、ご先祖様や先に旅立たれた方々に思いを寄せる夏にしたいものです。

残暑なお厳しき折、どうぞお健やかにお過ごしいただきますように──。

伊勢便り 令和八年八月号「悲しみがひらく心の目」誌面
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